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2020年8月31日 (月)

免疫毒性学という学問体系の構築を目指して

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免疫毒性学の草創期秘話

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日本微量元素学会 功労賞受賞挨拶

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第17回日本微量元素学会(静岡)プログラム(英和)

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第17回日本微量元素学会(静岡)(英和)

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第14回金属生体関連シンポ(静岡)

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第9回日本免疫毒性学会 (静岡)

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創設20周年を記念して  日本微量元素学会理事長 荒川泰昭 

創設 20周年を記念して

第6代・第7代 日本微量元素学会理事長 荒川 泰昭

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日本微量元素学会は、1986年、PalmSpringsで開催された第1回国際微量元素医学会議 (ISTERH)に出席された野見山一生先生(第 2代理事長)が「次回は日本で開催」という御土産を 持って帰られ、1989年に東京で第 2回国際微 量元素医学会議が冨田 寛先生(初代理事長)会長のもとに開催されましたが、これを契機に、それまで個々に活動しておりました微量金属代謝研究会、微量元素研究会、輸液微量栄養素研究会、微量栄養素研究会の4つの学術集会が核となり、医学、薬学、栄養学、農学、理学の広領域から成る学際的な学術集会として1990年 4月 1日に創設されました。

本学会は、富田 寛先生を初代理事長、初代会長として発足以来、理事長職は野見山一生先 生(第 2代)、岡田正先生(第 3代)、荒川泰行 先生(第 4代)、高木洋治先生(第 5代)、荒川泰昭(第 6代)、荒川泰昭(第 7代)へと受け継がれ、 また毎年開催される学術大会の会長職は岡田 正先生(第 2回)、木村修一先生(第 3回)、野見 山一生先生(第 4回)、松田一郎先生(第 5回)、和田攻先生(第 6回)、左右田健次先生(第 7 回)、森嶋隆文先生(第 8回)、斎藤和雄先生(第 9回)、丸茂文昭先生(第 10回)、原口紘呆先生 (第 11回)、荒川泰行先生(第 12回)、鈴木和夫 先生(第 13回)、高木洋治先生(第 14回)、青木 継稔先生(第 15回)、桜井弘先生(第 16回)、荒川泰昭(第 17回)、糸川嘉則先生(第四回)、児玉浩子先生(第 19回)、池田稔先生(第 20 回)へと受け継がれ、さらに今後、木村美恵子先生(第 21回)、佐治英郎先生 (22回)へと受け 継がれようとしておりますが、この 20年の聞に先駆的業績を挙げられている先生方のリー ダーシップのもとに会員の皆様方のご研鑓とご 活躍により、日本における微量元素研究の唯一かつ中枢的学術集会へと発展して来ております。

本学会は「生命と微量元素」をスローガンに、 保健、医療、製薬、化学、食品、環境、分析な どの各分野において、疾病予防、健康の保持・ 増進のための「健康阻害要因の検索、分析、認 知、作用機序解析、毒性評価、対策」ゃ「生体機能の保持・増進」、さらに疾病における「診 断、治療」などの見地から「微量元素」あるい は「金属」ならびに「金属錯体Jを扱っている 研究者の学際的な学術集会です。

私の本学会との関わりは、冨田 寛先生が日本で始めて会長として主催された第 2回国際微量元素医学会議でした。米国へ客員教授として文部省の長期在外研究員(乙種第 l号)で 2年間 海外出張の後、帰国したばかりの時に、がん部門の座長を仰せつかったのが始まりです。この時の余談ですが、開催直前にプログラムを見ると、臨床領域にも Y.Arakawaの名前が掲載さ れており、驚いて事務局へ問い合わせをしたところ、別人の Y.Arakawaの存在を知り、これが国際会議の実行委員として中心になって尽力されている荒川泰行先生(第 4代理事長、第 12 回会長)を知ったきっかけでした。

私はもともと学生であった東京大学薬学部時代は、薬品分析化学教室(田村善蔵先生)で生体内糖類(中性糖、アミノ糖、酸性糖、シアル酸、オリゴ糖、ムコ多糖)の分析法を開発し、糖タ ンパク質、血液型物質の分離・精製や糖鎖構造 の解析・解明、特異的がん抗原の検索など、主として細胞膜表面抗原の解析ならびに膜情報伝達の研究を行っておりましたが、東京大学医学部時代は衛生学教室(山本俊一先生、和田 攻 先生)で「生体機能による毒性評価とその学問体系の構築Jを目指して、有機スズを中心とし た微量金属の免疫毒性学的、脳神経毒性学的な らびに内分泌毒性学的研究や有機スズの抗がん作用の発見に端を発した金属制がん剤の開発や 作用機序解析の研究を進めておりました。 とくに、本学会が発足する 1980年代は、この関連で「金属や微量元素の新規生物活性の開発J を目指す海外の有機金属化学者や生物有機・無機 化学者らと種々の国際会議や国際シンポジウムを聞いている時代でもありました。その中で、とく に第14族元素:Si、Ge、Sn、Pbなどの生物活性の開発を目指す米、英、独、露、仏、伊、白、蘭 等の各国のOrganometallic Chemistryのエデイター らとは持ち回り主催で、毎年のように「スズを 中心とした新規金属制がん剤の開発や作用機序の研究」を中心に国際会議や国際シンポジウムを持っておりました。また、1981年より米国商務省NBSや米国海軍研究所の要請で研究協力を始めた「有機スズによる海洋汚染」の研究や国際会議は、欧州へと拡大し、やがて世界規模へと発展していきましたが、これがのちの生態系を撹乱する内分泌撹乱物質、いわゆる環境ホル モンの研究へと発展していく発端でもありました。

したがって、私はその当時に発足した本学会の前身の1つである微量元素研究会(1984年 3 月、発起人 30名、代表:土屋健三郎、事務局: 野見山一生、会費:1.000円)の発足時の会員でもありますが、一方同年発足の日本衛生学会における第一回重金属ワークショップ「金属の免疫毒性」(1984年 10月、幹事:野見山一生)での講演者でもあります。当時配布の微量元素研究会ニュース第 l号を見ますと、上記 2つの集 会のほかに国内の関連研究会として微量金属代謝研究会(事務局:緒方医学化学研究所)、日本 マグネシウム研究会(事務局:糸川嘉則)、プラ ズマ分光分析研究会(事務局:原口紘呆)などが紹介されています。

このほか、私の関連する学会に日本薬学会・ 金属の生体関連反応シンポジウム (1982年 6月発足、第 1回大会講演)、日本微量栄養素学会(1984年 4月、微量栄養素研究会として発足)、日本免疫毒性学会 (1994年 10月、免疫毒性研究会として発足)などがありますが、前の 2学会は当時統合されずに独立独歩した学会であり、現在もなお本学会の関連学会として共催する関係にあり、私も日本薬学会・金属の関与する生 体関連反応シンポジウムには 2004年に会長、日本微量栄養素学会には 2001年と2008年に会頭、日本免疫毒性学会には 2002年に会長を務めさせていただきました。

私は現在、本学会において第 6期 (2005.8.1~ 2008.7.31)および第 7期 (2008.8.1~201 1. 7.31) の理事長職を務めさせていただいておりますが、 第 6期を受け継いだ時は、折悪しく本学会が日本学会センターの不祥事に巻き込まれ、学会の財産を消失してしまった時期であり、運営費ゼロの危機的状態からの出発でした。全会員へ連絡したくても通信費も無い有様でした。そのため、まず通信機能を整えるために、費用の掛らない電子媒体を利用すべく自己流で原稿を作成し、学会のホームページを設立いたしました。 そして、出来るだけ電子メールでの連絡をお願いいたしました。また、事務局の整備に当たっては、学会の内外に対して応答すべき事務様式が定まっておりませんでしたので、早急に必要 な措置として、事務局運営ならびに会員活動を円滑にするための「学術事業運営指針」(試案) や「手続きフォーマット(様式 1~15)」を新規に作成し、必要時ホームページよりダウンロードして利用できるようにいたしました。学会情報も出来るだけホームページを通じて広報できるようにいたしました。また、初めて理事会等の会議にもメール会議を採用いたしました。

また第 6期においては、組織として理事長、副理事長の他、庶務、規定、広報、財務、倫理、学会誌編集、学会賞選考、学術企画・研究活性化、栄養ならびに毒性評価の各委員会を設け、各委員会には後継者を養成すべく委員長制度を設け、担当理事 (2名)と委員長の二段構えの体制にいたしました。

とくに、学会を活性化するために「学術企画・ 研究活性化委員会J(佐治英郎委員長)を設け、 主催はもとより他学会との多くの共催、協賛、 後援等の学術事業を推奨し、また「学会賞選考委員会J(江崎信芳委員長)による学会賞、研究学術賞の授賞を実現化いたしました。また、学 会としての社会的役割を果たすべく、微量元素についてアセスメントする能力を備え、人類、社会に対して良き「アドバイザー」となり得るようにとの願いを込めて、「栄養ならびに毒性評価委員会J(駒井三千夫委員長、米谷民雄委員長)を設けました。

このようにしてスタートした第 6期でしたが、会員の皆様のご協力により徐々に学会運営も円滑となり、庶務業務においても学術事業における事業計画書や事業報告書、主催・共催・協賛・ 後援の申請書や承諾書、入会・退会申込書、評議員申請書、学会賞申請書などの事務応答や会員管理の業務が円滑に軌道に乗って参りました。 会員の学術事業においても、主催はもとより他学会との共催、協賛、後援等の学術活動が増え、 市民公開講座などによる市民への広報や教育も活発になって参りました。さらに、会員主催の学術事業へも援助(補助金)が出来るまでになって参りました。編集委員会(柳津裕之委員長)による学会誌の発行も軌道に乗り、機関誌としての形が出来上がって参りました。また、成果の lっとして栄養評価委員会(駒井三千夫委員長) ならびに会員の皆様(冨田 寛先生、倉津隆平 先生、横井克彦先生など)の努力により「正常人血清亜鉛の下限値の設定基準」を臨床分野へ提唱することができました。

第 6期においては、主要テーマとして 1)「薬食同源と微量元素」、2)「微量元素の有用性と 安全性」、3)「疾病発症要因と微量元素」、4) 「臨床・診断治療と微量元素」、5)「生体機能(免疫、脳神経、内分泌)と微量元素」、6)「ア レルギーと微量元素」、7)「生態系ならびに環 境と微量元素」、8)「微量元素の生体内形態」、9)「金属錯体と生体」、10)「微量元素の腸管吸 収」、11)「情報伝達系と微量元素」、12)「微量元素と細胞死 (アポトーシス/ネクロシス )」、などを取り上げさせていただきましたが、健康維持増進のための「保健機能食品」ならびに疾病 の予防・治療のための「医薬品」など「食薬融合領域」における微量元素の役割や有用性なら びに安全性、さらには「金属蛍光プロープの開 発」、「金属治療薬の開発」、「機能性金属分子の 設計」、「生体における金属の新規機能性」など 金属ならびに金属錯体の新規機能性の開発とその有用性ならびに安全性にもフォーカスを当てさせていただきました。

私はこの 6 期の1年目には、第 17回学術集会総会の会長も兼務することになりました。したがって、静岡で開催した第 17回大会においては、第 6期の主要テーマを出来るだけ実現化するよう企画させていただきました。そして当初、 国際会議との併設開催を企画していたため、また学会の国際化も視野に入れて、抄録集をすべて英語化いたしました。そして、演題抄録の登録をすべて電子媒体によるオンライン登録シス テム化いたしました。また、市民公開講座を開催し、テレビ、新聞等のマスコミを利用して市民への微量元素の広報と教育に努めました。 余談ですが、学会ホームページの掲載や演題抄録登録のオンライン登録システム化でお世話になった、また現在もお世話になっている大学病院医療情報ネットワーク (UMIN)の前身が、奇 しくも30年も前に少人数で勉強会をもっていた医学統計懇談会であり、のちの東大医学部附属病院中央医療情報部であったことは、微量元素の世界のみならず、学術や人との縁を感じざるを得ません。

第 7期は第 6期と同じ組織構成で昨年(2008 年)の 8月よりスタートいたしましたが、理事会のメンバーは改選により 10名からやや多め の 15名となり、三分のーが若返りいたしまし た。したがって、職務分担では、人材が揃って来たため、また実行力を高めるため、第 5期以前のように担当理事が直接委員長を兼務するようにいたしました。各委員会の職務や目標を明確にし、第 6期の目標において不十分であった点については引き続き第 7期で実現化させてい くことにいたしました。

第 7期の1年目に当たる今年の第 20回学術集会総会は創立 20周年目に当たるため、記念大会(池田 稔会長)の特別企画としてこれまで功労のあった歴代の理事長 (6名)、会長 (20名) に対して感謝状を贈らせていただきました。ま た、第 6期よりの懸案であった「功労賞の設定j を規定委員会(荒川泰行委員長)で策定後、この 第 20回大会において実現化させていただき、 その第一回受賞者に冨田 寛先生ならびに野見 山一生先生を推挙させていただきました。

また、同じく第 6期よりの懸案であった「学会誌の表紙デザインの変更jについても、編集委員会(佐治英郎委員長)の努力もあり、この第 20回大会で会員の投票によりデザインを選考していただき、来年度の第 1号より変更を実現化させていただくことになりました。

本学会は、前述のように、種々の分野の方々が集まった学際的な会であり、育ちや流儀の異なる方々の集まりでありますので、会の運営面では難しい面が多々在りますが、微量元素の研究を中心に集まった非常にレベルの高い専門家の集団です。したがって、会員数の極端な増員は望めませんが、身の丈にあった規模の中で、 急速に拡大化する微量元素の分野において、上述のような種々の研究分野から産出される最新の成果や進歩を統合できる会でなくてはならず、 また微量元素の分野に興味を持つ各領域の研究者が一堂に会して最新の進展情報を交換し合い、プロセスをまとめ、対立する知見については議論し合い、研究の将来的局面や方向性を探り、新奇かつ魅力的な計画を立てるために集まる会でなくてはならないと考えております。そのためには、常に魅力ある最新の情報や研究発表の場を提供し、出来るだけ質の高い機関誌を刊行することが肝要であると考えております。また、若い会員の方々のご意見や感性を尊重し、運営に生かすことも大変重要なことだと考えております。そして同時に、学会としても社会的役割を果たすべく、人類、社会に対して良き「アド バイザー」となれるよう実力を蓄え、学問体系を整え、アセスメントする能力を養成してゆきたいと考えております。

この学会創設20周年を機に、学際的な学会として発足した創設時における趣意を今一度思い起こす時、その趣意を尊重し、各分野の方々が自由に最新情報の交換や研究発表ができる会を維持するためには、会をリードする理事会のメンバー構成も出来るだけ特定分野に偏らないように維持させていくことが重要であろうと考えます。また、このことは、会員構成においても然りです。現在の会員情況を見ると、とくに臨床分野からの研究が手薄となって来ており、それだけに臨床家への広報や教育の重要性、必要性を痛感します。是非ともこの領域の会員を増やしていくことが重要であり、啓蒙努力していかねばならないことだと思います。魅力ある 領域を切り開けば、自ずと人は集まって来るものと思います。 学会運営に当たっては、時代の変遷と共に状況も変化して来ており、先達の知恵を尊重しな がらも変えていかなければならない事案も少々出て来ておりますが、今後の課題です。 最後になりますが、20周年記念に当たって、大先輩たちからは発足当時の本学会との関わりについて詳しくお話をいただけることと思いますので、私は現当事者としてあえて学会運営の面から近況を中心に述べさせていただきました。本学会の益々の発展と会員の皆様の益々の発展を祈念いたします。






























 






 

 

 

 

 

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